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2007年12月31日 (月)

列車の中から

今、白馬発スーパーあずさ号の車中である。大雪のため若干出発が遅れたが、なんとか今年中には家にたどりつけそうである。さっきまでゲレンデで新雪を楽しんでいたので、今日が大晦日とは思えない。 この一年でブログへの平均アクセス数は劇的に増えた。ゆうに10倍にはなっている。ありがたいかぎりである。                      来年も、思ったこと、感じたこと、考えたことなどを自分の言葉で書いていこうと思う。                    今、このブログを読んでくれているあなたにとって、2008年が幸せにみちた一年であることを祈り、今年のブログの最終回をしめくくりたい。 HAPPY NEW YEAR!

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2007年12月29日 (土)

生涯体育の実践者

 
 これから、スキーに行ってくる。
 
 1月には、区のロードレース大会に参加する予定だ。
 
 年明けからは、教員サッカーの練習にも、できるだけ参加したいと思っている。(なかなか参加できないことが多いが…)
 
 春からは、草野球のシーズンも始まる。
 
 
 
 近藤は、運動が好きである。
 
 生涯体育の実践者でありたいと思っている。
 
 うまい、下手は、関係ない。
 
 運動すること、そのものを、楽しみたいと思っている。
 
 
 
 運良く、そういった機会を与えてくれる仲間もいる。
 
 ありがたいことである。
 
 
 
 自分の体と、心と、対話しながら、生涯体育を実践していこうと思う。
 
 
 
 というわけで、
 
 「いってきまーす!」
 
 

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2007年12月28日 (金)

御用納め

 
 御用納めである。
 
 教師になって、あまり、「御用納め」などという言葉を意識することはなかった。
 
 冬休みにはいると、さっさと、年休(有給休暇のこと)をとって、旅行に行ったり、スキーに行ったりしていた。

 
 
 だが、今年は、仕事が違う。
 
 副校長の仕事は、門番、電話番、金庫番、留守番である。
 
 学校の番人であり、番頭さんなのである。(これは、以前にブログに書いた)
 
 今年の冬休みは、しっかり、番頭を努めさせてもらった。 
 (ちなみに、教務主任の先生は、今日、出勤をして仕事をしていた。記録上は、「年休」をとっているのに、である。「日直」の先生は、誰もいない職員室で、せっせと仕事をしていた。感謝、感謝である)
 
 
 
 そして、本日終了。
 
 鍵をかけて、学校を出る。
 
 「9ヶ月間、ありがとうございました」という気持ちになる。
 
 今年の、「ご用」(公務員の仕事)を「納め」(終わっ)たという、感じである。
 
 
 
 節目というのは、大切である。
 
 今年の反省をふまえて、今年よりは、ましな副校長として、来年も努力したい。
 
 
 
 まずは、今年を無事に終えたことに感謝したい。
 

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2007年12月27日 (木)

日本の教師

 冬休みに入った子どもの家に、電話をする。
 
 その子どもの体育袋(体操着を入れる袋)を、家庭科室で、つくる。
 
 
 
 これは、本校の、ある教師の「仕事」である。
 
 考えようによっては、これは、教師の「仕事」の範疇ではない。
 
 しかし、その教師は、あたりまえのように、それをしている。
 
 
 
 本当は、もっと、すごいことも、している。
 
 しかし、ここでは、書けない。
 
 なぜなら、個人が特定されてしまうからだ。
 
 
 
 近藤が、ここで、ものすごく伝えたいこと。
 
 それは、「これが、日本の教師だ」ということだ。
 
 
 
 勤務時間外に、その子どものことを心配して、家庭訪問したり、電話をしたりすること。
 
 勤務時間外に、その子どもの持ち物を気にしたり、生活を気にしたりすること。
 
 こんなこと、(先進国では)日本の教師しかしない。(と思う。確かめていないからわからないが…)
 
 それが、よいことかどうかは、わからない。
 
 しかし、こういった教師が、これまで、間違いなく、日本の子どもを育ててきたのだ。
 
 それは、ぜひとも、多くの人に、伝えたい。
 
 これが、「日本の教師」の、すごさなのである。
 
 
 
 だからこそ、「日本の教師のすごさ」を伝えたい。
 
 だからこそ、「日本の教師のたいへんさ」を伝えたい。
 
 
 
 その先生は、あたりまえのように、その「仕事」をしている。
 
 ありがたいことである。
 
 「日本的教師」の鏡であると、思う。
 
 勤務条件やその他の面で対応しなければならない面は、ある。
 
 しかし、その教師の「仕事」そのものは、条件整備を待っていられないのである。
 
 そして、そういった面もわかったうえで、その教師は「目の前の子どものために」、がんばっている。
 
 
 
 ありがたいことである。
 
 
 
 若い先生に、そういった「仕事」の意味や価値を伝えたい。
 
 「教師」という仕事は、そういうものなのである。
 
 銭金(ぜにかね)で、教師になろうと思うやつがもしいるとすれば、絶対、やめてほしい。(そんな人いねえよな)
 
 
 
 近藤の意見は、時代遅れなのだろうか???

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2007年12月26日 (水)

身体感覚

 
 昨日の帰り、ジョギングしながら自宅まで帰った。
 
 およそ6Km、だらだら走って50分弱である。
 
 
 
 今日の朝も、ジョギングしながら学校まで行った。
 
 およそ6Km、だらだら走って50分弱である。
 
 
 
 冬であるが、どんなに「だらだら」走っても、汗は出る。熱くなる。
 
 歩いても、体は温かくなる。(ちなみに、昨日の朝と今日の帰宅は歩きだったが、やはり、体は温かくなった)
 
 
 
 人間の体って、不思議である。
 
 
 
 自分の体と対峙するということは、こういうことなのだろう。
 
 「汗が出る」
 「心臓がバクバクする」
 「速い動きが、見えた!」
 「気がついたら、体が勝手に動いていた!」
 「体がいうことをきかなくなった…」
 
 
 
 こういった体験を、実感することは、大切であると思っている。
 
 いわゆる「体育」では、重視しない「身体感覚」である。
 
 
 
 しかし、経験は、身体感覚から生まれるのである。
 
 
 
 さて、明日も、だらだら歩いて通勤しようか…。

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2007年12月25日 (火)

年の瀬に思ったこと

 銀行が、混雑していた。
 
 郵便局も、混雑していた。
 
 この仕事をするようになって、銀行や郵便局に行くことが多い。 
 
 そこで、ヒューマンウォッチングをする。
 
 おもしろい。
 
 それぞれの人間模様が、垣間見える。
 
 
 
 近藤は、82歳になる親と住んでいる。
 
 学校に行くと、6歳の1年生と話をすることがある。
 
 いろいろな世代の方と日常的に交流できることは、貴重なことである。
 
 
 
 「教師は、世間知らず」という。
 
 ある部分では、そう思う。
 
 なぜなら、(とくに小学校の教師は)勤務時間中は、ほとんどすべて、子どもとの時間なのである。
 
 自分も、それが、あたりまえだと思っていた。
 
 勤務時間中に、「世間」とふれあう時間が、他の職種に比べて、すごく少ないのである。(以前にも、同じようなことを書いた。)
 
 
 
  しかし、ある時期、そういった「子どもどっぷりの時期」を経なければ、(とくに小学校の教師は)できないのだろうと、思う。
 
 教師は、「smile \0」というマニュアル的な仕事ではないのである。
 
 どっぷりと、腰を据えて、この仕事につかり、自己と対峙し、もがきながら、自分の最善をつかもうとする営みが、教師を成長させるのだと、思う。
 
 
 
 家族の健康を心配し、同僚のことを気にかけ、保護者の状況を配慮し、子どものことを考える…。
 
 人間としての、こういった営みが、教師としての、力量を高めていく基礎となるのだと、つくずく思う。

 年の瀬の「世間」を見ながら感じた、近藤の独り言である。

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2007年12月24日 (月)

Merry Christmas!

 
 「来年のイブは何をしているのだろうか…。(きっと、学校かな?)」
 
 一年前のクリスマスイブに書いたブログの一節である。
 
 
 
 残念ながら、学校ではなかった。(なぜなら、天皇誕生日の振替休日だったからだ)
 
 しかし、明日からは、当然、出勤して仕事である。(明日の午前中は、出張であるが)
 
 
 
 冬休みの過ごし方も、変わった。
 
 ここ7年間くらいは、必ず、「冬休みの宿題」があった。
 
 年明けに、必ず、研究会や発表会で提案をしたり、発表をしたりする機会があったからだ。
 
 資料を作成したり、発表原稿を書いたり、プレゼンテーションをつくったり…。
 
 今年も、年明けに、附属小学校の研究会に講師として参加をするが、これといった「宿題」は、ない。
 
 うれしいかぎりである。
 
 
 
 また、ここ4,5年間くらいは、必ず、「冬休みにスキー」に行っていた。
 
 しかし、今年は、出勤である。
 
 (だから、29日から大晦日までの閉庁日に、行くことにした)
 
 
 
 少しずつ、生活のパターンが、変化しているということですね。
 
 さて、みなさんは、どのようなクリスマスイブをお過ごしでしょうか。
 
 (近藤のブログを読んでいるくらいだから、きっと、時間をもてあましているのかな?)
 
 
 
 ということで、イブにこのブログを読んでくれた殊勝な皆様に、
 
 
Merry Christmas!
 

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2007年12月23日 (日)

学校マネジメント力

 
 横浜教育ビジョンに、次の記述がある。
 
 「学校マネジメント力の強化」
 
 「学校マネジメント力」という言葉が、どのような事柄を指しているのか、現在の近藤は、ぼんやりとしか、わかっていない。
 
 
 
 政策研究大学院大学教授の岡本薫氏の一説を引用する。

「そこで筆者は、『Plan』の段階を五つの『フェーズ』に分けてマネジメントプロセスを分析する『Ph.P手法』(ピー・エイチ・ピー手法)=『Phased Planning手法』というものを提唱している。これによれば、あらゆる分野のマネジメントプロセスは、①『現状把握』、②『原因特定』、③『目標設定』、④『手段選択』、⑤『集団意思形成』(以上がPlan)、⑥『手段実施』(Do)、⑦『評価』(結果と目標の比較=See)、と整理できる」
(岡本薫「『政策マネジメント』の問題として見よ」p70-71 『現代教育科学』(2008年01月号・明治図書)  
 
 マネジメントプロセスを
①『現状把握』
②『原因特定』
③『目標設定』
③『手段選択』
④『集団意思形成』(以上がPlan)
⑥『手段実施』(Do)
⑦『評価』(結果と目標の比較=See)
と整理している。
 
 ということは、「学校マネジメント力の強化」とは、このプロセスを正しく遂行することで、教育効果の改善を図るということか。
 
 
 
 岡本氏のマネジメント手法による分析は、傾聴に値する。
 
 非常にすっきり、現在の、学校(及び教師)の課題を浮き彫りにしている。
 
 詳細については、「日本を滅ぼす教育論議」(講談社現代新書)をお読みいただきたい。
 
 
 
 1月から、「学校経営計画の反省」というやつが、始まる。
 
 マネジメントプロセスを意識しながら、よりよい学校づくりに生かしていきたい。

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2007年12月22日 (土)

価値を実感させること

 
 「正直」を教えるには、どうすればいいのだろう。
 
 「卑怯」ということを教えるには、どうすればいいのだろう。
 
 「誇り」を教えるには、どうすればいいのだろう。
 
 「感謝」を教えるには、どうすればいいのだろう。
 
 
 
 意味を教えるのではない。
 
 価値を実感させたいのである。
 
 
 
 担任をしていた時代に、ずっとくすぶり続けてきた思いが、最近、自覚できるようになってきた。
 
 
 
 こういった価値を実感させるには、非常に難しい時代になったと、痛感する。
 
 社会が、こういった言葉に価値をおかなくなっているからだろうか?
 
 いや、そんなことはないと思うが…。
 
 
 
 翻って、考える。
 
 近藤は「正直」か。
 
 「卑怯」なことをしていないか。
 
 「誇り」をもっているか。
 
 「感謝」の念をもっているか。
 
 甚だ、自信が、ない。
 
 
 
 子どもの前に、まず、自分の心と向き合っていかなければならないのであろう。
 
 
 
 教師とは、難しい仕事である。

 

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2007年12月21日 (金)

明日から、冬休み

 
 本日で授業は終了。
 
 明日から、冬休み。
 
 
 
 しかし、だからといって、油断はできない。
 
 今日も、あった。
 
 家庭的に課題のある子どもが登校していなかったり、行動面で課題のある子どもが友達と諍いをしたり…。
 
 それぞれに対して、いつものように、その瞬間にベストと判断できる決断を、自分の立場で、下す。
 
 
 
 あたりまえの、一日である。
 
 
 
 しかし、「その瞬間にベストと判断できる決断を、自分の立場で、下す。」というのは、結構難しいことである。
 
 近藤が、あたりまえのように、これが(何とか)できているのは、21年間、同じように「その瞬間にベストと判断できる決断を、自分の立場で、下す」という経験を、教員時代にしていたからである。
 
 さらに、これは、自分のスポーツ体験とも、つながるのである。
 
 
 
 近藤の先輩で、「教育は、スポーツだ」と言った方がいた。
 
 まさしく、「その瞬間にベストと判断できる決断を、自分の立場で、下す。」というのは、スポーツの世界では、あたりまえのことである。

 
 
 
 とにかく、9ヶ月を無事に終えたことを、心の底から、感謝したい。
 
 
 
 ありがとう、子どもたち。
 
 ありがとう、保護者の皆様。
 
 そして、本当に、本当に、ありがとう、先生方…。
 
 
 
 稚拙ではあるが、感謝の気持ちを、伝えたい

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2007年12月20日 (木)

あと一日

 
 給食終了。
 
 今年も、明日で終わりである。(子どもが登校するのは)
 
 なにやら、感慨深いものがある。
 
 
 
 だが、冬休みも、気を休めることはできない。
 
 なぜなら、冬休みは、子どもにとって、「魅惑のバケーション」なのである。(昭和時代の曲名のようなフレーズである。ちょっと、はずかしい…)
 
 まず、クリスマスがある。プレゼントをもらう子どもも多い。家をイルミネーションで飾る家庭も増えている。非日常である。
 
 そして、お正月である。お年玉をもらう子どもも多い。今や、子どものお年玉の総額が、○○万円という時代である。非日常である。
 
 大人、そして世の中全体も、非日常である。夜更かしをする、昼間から酒を飲む…。非日常である。
 
 
 
 非日常があるということは、良いことだ。
 
 文化水準が高い証明である。
 
 しかし、「はめをはずす」ことが多くなるのも事実である。
 
 冬休みに、金銭トラブル等が多くなるものうなずける。
 
 
 
 価値ある非日常体験をしてほしいと思う。(例えば、大掃除の手伝いとか…)
 
 そして、非日常体験を「うれしい」と思えるのは、誠実な日常があるからだということを、多くの大人が、この時期に伝えてほしいと思う。
 
 
 
 ま、とにかく、安全で、楽しい冬休みになるよう、あと一日の指導をがんばるようにしたい。

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2007年12月19日 (水)

コメントの返信

12月17日のブログにコメントをいただいた。

メールアドレスがわからないので、ブログ上で返信をする。

(コメント)

「来月の研究発表会に参加されるのですね。
近藤先生の授業の模様は、教諭ではなく、一般の者でも
拝見することはできるのでしょうか?」

申し訳ありません。近藤が授業するのではなく、付属小の先生の授業を

近藤が見て、コメントをするだけです。

参加できるかどうかは、横浜国大附属小学校に連絡をしてみてください。

ちなみに、参加OKであれば、ぜひぜひ、近藤にご連絡ください。

 

 

 

 知り合いのNHKのディレクターから、メールをいただいた。

「番組を見てほしい」というメールである。

わざわざ、ピンポイントでメールをくれた。

もちろん、見るつもりである。

もし、お時間がある方は、以下の番組を見てください。

みんな生きている 
教育テレビ 1/8(火)9:30~9:45
(再放送 1/10(木)、1/15(火)、1/17(木)の同じ時間帯です。)
番組HP 
http://www.nhk.or.jp/ikiteiru/ja/frame.html
番組のコンセプトもぜひご参考にください(イメージがわきづらいと思いますので…)

(以上は、ディレクターのメールから引用)

 

 

 

 以上、IT社会的、つながり、2例でした。

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2007年12月18日 (火)

PTA運営委員会に参加して

 
 月一回、「PTA運営委員会」という会がある。
 
 PTA役員の方々との会合である。
 
 本校では、学校から、校長と副校長が参加する。
 
 
 
 「メール配信を、もっと有効に活用してほしい。(本校では、緊急連絡の方法の一つとして、E-mailを発信している。それを、「メール配信」と呼ぶ)」
 
 「次年度の、会長が、なかなか決まらなくて苦労している…」
 
 
 
 どこのPTAでも、ありそうな話題が、話し合われる。
 
 
 
 しかし、本校のPTAは、ひと味違う。
 
 みんな、「本音」で語り合いながら、「和気藹々」としているのである。
 
 
 
 例えば、「メール配信を、もっと有効に活用してほしい。」という要望など、学校とPTA役員の方の良い関係がなければ、出ない要望である。(面と向かって、相手の嫌なことを言うのは、勇気がいる。それが言えるのは、相手を信頼しているからである)
 
 そういった直言をしていただけるPTAというのは、ありがたい存在である。
 
 
 
 さらに、「和気藹々」としている。
 
 一つ間違えば、険悪な雰囲気になりそうな話題でも、なぜか、途中に「笑い」が入るのである。
 
 「会長を決めるシステムに問題があると思うんですよね。私も去年、何回かお電話をいただき、『何で会長に立候補していない私に…』と思いましたよ。」(笑い)
 
 こんな感じである。
 
 文章では、うまく、伝えることができないが、「笑い」があるというのは、事実である。
 
 
 
 だから、近藤は、「うちの学校のPTAは、すごい」と、思う。
 
 
 
 もちろん、難問山積のPTAである。
 
 それは、どこのPTAも同じである。
 
 
 
 しかし、だからこそ、やりがいもある。
 
 PTAと距離の近い「副校長」という仕事をさせてもらっている限り、本校のPTAのために、できることを、精一杯、やりたいと思っている。
 
(ちなみに、PTAのPはParentであり、T はTeacherである。だから、先生もPTA会費を払う。「親も先生も、子どものために、知恵を出し合う」のがPTAなのである。このあたりまえのことを、再度、確認したい)

 

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2007年12月17日 (月)

研究会の[講師』」

 来年、1月24日、横浜国大附属横浜小学校の研究発表会がある。
 
 そこで、一つの授業の「講師」として、呼ばれている。
 
 
 
 今日、付属小の先生が、本校に来た。
 
 「指導」を受けるためである。
 
 
 
 近藤にとって、貴重で、うれしい時間である。
 
 授業のことを、存分に、語ることができる。
 
 しかし、その先生に、「指導」は、していない。
 
 勝手に、授業のことを、語ってるだけである。
 
 
 
 「講師」というのも、自分の中で、スッキリしない。
 
 「講師」:①講演などをする人 ②大学・高等学校などで嘱託を受けて講義する人。また大学などで、教授・助教授に準ずる職務を行う教員の職名。【広辞苑】
 
 たしかに、当日の「講師」は、自分以外、ほとんど大学の先生である。(他に、一人、川崎の校長先生がいたように記憶している)
 
 まったくの、場違いである。
 
 
 
 与えられた仕事には、真摯に取り組もうと思っている。
 
 だが、近藤は、「大学で講義をする人」ではない。
 
 「教師」である(と思っている)。
 
 
 
 当日は、「教師」であり、「副校長」である近藤の目から見た、「授業」を語ろうと思っている。
 
 よかったら、1月24日、横浜国立大学付属横浜小学校の研究発表会に、参加してください。
 

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2007年12月16日 (日)

教育は人なり

 
 給食室の前で、給食の食器を出すお手伝いをしている。
 
 給食委員会の子どもが、私の名札を改めて見て、
「副校長先生って、『近藤』っていうんだ。」
と言った。
 
 
 
 忘年会で、「子どもたちに聞きましたクイズ」という企画があった。
 
 子どもたちにアンケートをとって、そのランキングを当てるのである。
(アンケートといっても、休み時間に、何人かの子どもにインタビューをする程度のものだったらしいが…)
 
 「やさしい先生ランキング」 第一位○○先生、第二位□□先生…。
盛り上がった。
 
 「きびしい先生ランキング」 第一位△△先生、第二位▽▽先生…。
もっと、盛り上がった。
 
 どちらのランキングにも、近藤の名前はなかった。
 
 
 
 本校に来て、9ヶ月が経とうとしている。
 
 最近は、クラスに入って支援したり、子どもにかかわったりすることも増えている。
 
 それでも、一人ひとりの子どもにとって、副校長というのは、「かかわりのうすい先生」なのだということを、これらの事実は教えてくれる。
 
 担任や専科や少人数などの先生方が、いかに「かかわりの深い先生」であるのかということを、改めて感じている。
 
 
 
 やはり、教育の最前線は、直接子どもとかかわる教師なのである。
 
 「教育は、人なり」


けだし、名言である。 

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2007年12月15日 (土)

「先輩」という言葉

 
 大学から、卒業生の動向調査の葉書が来た。
 
 近藤は、2期生である。
 
 
 
 ついこの前卒業したと思っていたら、すでに20年以上の年月が経ってしまった。
 
 正月明けに、横浜に勤務している大学の卒業生で集まることになっている。
 
 当然、一番年上の卒業生である。
 
 その他に、数名、同じくらいのOBがいるが、それ以外は、ぐっと若返る。
 
 
 
 最近、ふっと、感じることがある。
 
 「俺って、未来にいるんだな。」
 
 気持ちの面では、新卒なのである。
 
 しかし、実際は、卒業して20年以上の、大先輩になってしまっている。
 
 つまり、「気持ち・新卒」の近藤としては、「未来にきてしまっている」という感じなのである。
 
 
 
 教職という道を歩んでいる後輩にとって、「先輩」とよばれるにふさわしい、能力、経験、実践をもちたいものである。
  

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2007年12月14日 (金)

絶景

 
 本校の前を通る道を「富士見通り」という。
 
 その名の通り、富士山がよく見える。
 
 今日の朝、天気がよく、空気も澄んでいた。
 
 美しい富士山を見た。
 
 なぜか、ため息が出た。
 
 すーっという、感じがした。
 
 
 
 夜、忘年会だった。
 
 MM21地区(横浜の中心地である)のホテルの24階だった。
 
 夜景が美しかった。
 
 うわぁー、という感じだった。
 
 
 
 同じ絶景なのに、感じ方が違う。
 
 なぜだろう?
 
 
 
 どちらの絶景も好きだが、
 
 やはり、富士山の方が、何か、いい感じかな。
 

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2007年12月13日 (木)

先生方との話

 
 個人面談をしている。
 
 個人面談が終わった後、ほっとした顔で、先生方が職員室に戻ってくる。
 
 いい顔だ。
 
 
 
 何となく、先生方が、個人面談の様子を話してくれる。
 
 
 
 「副校長先生、○○くんの様子、最近心配なんですよね。…」
 
 「副校長先生、明日、○○さんの個別指導、○時間目にお願いしたいのですけど…」
 
 「副校長先生、今、面談終わりました。○○さんのこと、ご家庭の方にお話ししたのですけれど…」
 
 
 
 ありがたいことである。
 
 一つひとつの問いに、真摯に応えたい。
 
 しかし、力不足を感じる。
 
 先生方の話に応える言葉を探すが、求められている「明確な」言葉が、ない。
 
 しかし、一緒に考えたい。
 
 先生方と一緒に、一つひとつの課題を考えたい。
 
 
 
 実は、一人の子どもに対して、どれだけの大人が、真剣に、真面目に、ゆとりをもって、考えることができるか。
 
 これが、「教育」には、大切なのだと思っている。
 
 
 
 「答え」を出すことが、大切なのではない。
 
 「応え」ることが、大切なのだ。(子どものメッセージに、そして、子どもと共にある先生方に)
 
 
 
 明日も、先生方と、子どものことを、一緒に考えたい。
 
 それが、副校長・近藤の、大切で、うれしい仕事の一つである

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2007年12月12日 (水)

マラソン練習

 
 中休み(10:15~10:35)に、マラソン大会の練習がある。
 
 校庭を、子どもたちが、走るのである。
 
 
 
 12月10日の朝会で話したように、子どもたちと一緒に、走っている。
 
 別に指導しているわけでもなく、誰かと一緒に走ろうとしているのではなく、ただ同じ時間帯に、走っているだけである。
 
 
 
 それでも、子どもたちは、いろいろ近藤にかかわってくれる。
 
 「副校長先生だ!」(そのとおりです)
 
 「副校長先生、がんばって!」(がんばってます)
 
 「副校長先生が、走ってる!!」(副校長先生だって、走ります)
 
 「副校長先生、(校庭を)何周目?」(数えてません)
 
 「副校長先生、いっしょに走ろ!」(うれしいね。では、ごいっしょに…)
 
 
 
 物理的な距離が近いというのは、かかわりのスタートなのだと、つくづく、思う。
 
 
 
 これまで話しかけてくれなかった子どもも、話しかけてくれることがある。
 
 うれしいことである。
 
 
 
 近藤の、一日の中で、幸せな時間の一つである。

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2007年12月11日 (火)

職員会議

 職員会議だった。
 
 本校の職員会議の時間の半分以上は、「個別の子どもの情報交換」と「子どもへの指導をどうするか」ということに費やされている。(自分が本校に着任してから、半数以上の職員会議がそうである)
  
 
 近藤としては、これは、とてもうれしいことである。
 
 個別の子どものことを語ると、教師は熱くなる。
 
 熱い教師をは、魅力的だ。
 
 
 
 子どもの指導をどうするか、ということを考えると、教師は悩む。
 
 悩める教師は、やはり、魅力的だと、近藤は思う。
 
 
 
 みんな、目の前の子どもに対して、一生懸命なのだ。
 
 無論、近藤も、がんばっているつもりである。
 
 
 
 しかし、授業をもっている先生方には、かなわない。
 
 だからこそ、「この仕事でしかできないこと」にエネルギーを注ぎ、子どもたちと先生方の後方支援に努めようと思う。
 
 その点、校長先生は、腹が据わっている。
 
 
 
 どの学校でも職員会議は、ある。
 
 子どものための職員会議であってほしい。

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2007年12月10日 (月)

朝会の話(概要)

 おはようございます。
 休め。(「休め」の姿勢では、体は「休め」なのでリラックス。ただし、足の裏は動かしません。「地面に根っこ」です。心は前の人に集中です。集中というのは、前に人の「黒目」を見ることです)

 今月の19日、「かつらっこマラソン」があります。もう、体育で学習していますね。
今日の中休みから、練習も始まります。

 マラソンは、競争ではありません。お友達と速さ比べをするのではないのです。では、だれと戦うのか。それは、自分自身の心と戦うのです。
 
 マラソンをすると、だれでも、「疲れた」「休みたい」「もうやめたい」と思います。そこでやめたら、「自分の心」に負けたことになってしまいます。しかし、その気持ちに負けないで、最後まで走り続けること。これが、とても大切です。

 どんなにゆっくりでもいいのです。いや、マラソンは「ゆっくり長く」走る方が、健康にはいいのです。はやいからえらいわけではありません。どんなにゆっくりでもいいから、最後まで、走り続けること。最後まで、走り続ける子ができた人は、みんな自分に勝ったことになります。つまり、最後まで、走り続けることができた人は、みんな一番です。

 不思議なことに、練習を続けると、走ることがつらくなくなることがあります。そうしたら、しめたものです。ますます練習が楽しくなります。神様は、がんばっている人に、パワーをくれるんですね。もし、練習しているうちに「あれ、いつもより楽に走れるぞ」とおもったら、副校長先生に教えてくださいね。
 
 もちろん、副校長先生も、走ります。みんなといっしょに走るのを楽しみにしています。
 
 全体、気をつけ。
 これで、副校長先生の話を終わります。
(礼をして終了)
(約4分)

<文責:近藤浩人>

(以上は、今日の朝会で、近藤が、子どもたちに話した内容です。朝会で話す時は、毎回、こんなレジメを作って先生方に配布しています。しかし、あくまでも「概要」です。実際の話は、若干、アドリブを加えています)

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2007年12月 9日 (日)

仕事の成果をアピールする

 
「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」が公表された。WEBページで要約を読んだ。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04120101.htm
 
 
 
 テレビで、国会議員が、前回に比べ、国際的な順位が下がっていることを、問題視していた。
 
 だから、「人を増やすために予算を付けろ」と言っていた。
 
 また、「先生が子どもと向き合う時間を増やせるようにしろ」ともいっていた。
 
 PISAの結果を、他の国との順位で分析する方法は疑問だが、「人を増やすために予算を付けろ」「先生が子どもと向き合う時間を増やせるようにしろ」という主張には、賛同したい。
 
 
 
 もし、予算が付いて、人が増えれば、その成果が学校や教員に問われることになるであろう。
 
 これが、難しい。
 
 
 
 先週から、予算が付いて、低学年サポートの非常勤講師の先生がきてくださっている。(それまでは、近藤がクラスに入っていた)
 
 とても、効果が上がっている。
 
 何人かの個別に支援が必要な子どもに支援ができるので、その子どもたちの情緒が安定し、教室の雰囲気も落ち着いてくる。きめ細かな学習指導もできる。
 
 しかし、この効果を、数値やわかりやすい成果として表すことは、難しい。
 
 劇的にテストの平均点が上がるわけではないし、「クラスが落ち着いた」ことを客観的に表すことも、簡単ではない。
 
 
 
 しかし、できないわけではない。(例えば、Q-Uを実施するなどの方法もある)
 
 自分の仕事として、「こんなに、うちの学校やうちの先生方は、仕事の成果をあげていますよ」というアピールができる方法を、模索していきたい。
 
 

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2007年12月 8日 (土)

曖昧語

 
 授業研があった。
 
 協議会に参加した。
 
 協議会で使われる言葉を聞いて、思った。
 
 
 
 批判しようのない、美しい言葉がある。
 
 しかし、具体的に、何を示しているかわからない言葉がある。
 
 「言語明瞭、意味不明」な言葉である。
 
 例えば、「豊か」である。
 例えば、「充実」である。
 例えば、「健全」である。
(他にも、たくさん、たくさん、ある)
 
 
 
 近藤も、さんざん使ってきたし、今も、使っている。
 
 「楽」だからである。
 
 
 
 しかし、より具体的に、より真剣に、研究しようとしたら、これらの言葉に頼っていては、ダメである。
 
 つまり、こういった「曖昧語」を使わざるを得ないという研究は、研究の見通しや方向や成果が曖昧ということである。
 
 要するに、「ダメな研究」ということである。
 
 
 
 これからは、できるだけこういった言葉を使わないように努力しようと思う。
 
 「豊かな」表現で、「充実」したブログにするために…。
(ほらね、すごい楽ちんなんだよな、この言葉。まったく意味がないのに、何か、美しいことを書いたような気がしちゃうんだよなぁ)

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2007年12月 6日 (木)

あたりまえ

 
 市場経済の世の中では、ほんの少し前までは、「すごいサービス」だったことが、今では「あたりまえのサービス」になることが、よくある。
 
 
 
 自動車業界は、その典型だろう。
 
 自分が子どもの頃、エアコン(当時はクーラーといって、要するに夏に社内を冷やしてくれる装置のことを総称してそうよんでいた)がついている車、パワーウインドーの車など「すごいサービス」機能だったのに、今は、「あたりまえのサービス」となっている。
 
 
 
 では、教育界は?
 
 まったく、逆である。
 
 むかし「あたりまえのサービス」だったことが、今では「すごいサービス」になっていることが、あるのだ。
 
 
 
 その原因を、どこに求めるか。
 
 教育界に、市場原理がはたらかなかったからであろうか。
 
 教員が、怠惰だったからであろうか。
 
 日教組(日本教職員組合)が、悪かったからであろうか。
 
 文部科学省や教育委員会が、本来の機能をしなかったからであろうか。
 
 学校管理職が、無能だったからであろうか。
 
 
 
 近藤は、現在、(自分なりの)結論を模索中である。
 
 もちろん、簡単な答えにはなりずらい。
 
 しかし、できるだけ、原理的に考え、そして考えるだけでなく、「今の教育」にそれを生かしていきたい。
 
 
 
 「あたりまえのサービス」が、「あたりまえにできる学校」を標榜して…。

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2007年12月 4日 (火)

多様な子どもから、学ぶ

 
 最近、子どもにかかわる仕事が増えている。
 
 先日は、1時間目に1年生のサポートに入り、
2時間目に個別に支援が必要な子どもの指導を個別支援級でして、
給食時には高学年の出張の先生の代わりに給食指導をし、
下校時は低学年の下校指導をした。
 
 
 
 いろいろである。
 
 クラスも、子どもも、いろいろである。
 
 それぞれに、いろいろ感じることがある。
 
 しかし、副校長として、どう対応していけばよいかは、まだ、暗中模索、五里霧中である。
 
 「自分が担任だったら…」は、通用しないし、必要もない。
 
 なぜなら、自分は担任ではなく、副校長だからだ。
 
 過去の経験を生かしつつ、一人ひとりの子どもにとってよいと思われる「副校長のかかわり」を探したい。
 
 
 
 いろいろ、ありそうな予感はするのだが、まとまっていない。
 
 しかし、「問題は、発見されれば解決は近い」のである。(高橋誠『問題解決手法の知識』(日経文庫1984年)p14)

 いろいろである子どもから、いろいろであるクラスから、学んでいきたい。
 

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2007年12月 3日 (月)

ブログがおもしろくないことの簡単な分析

 
 最近、ブログが、おもしろくない。
 
 そう思いませんか?
 
 
 
 書きたいことは、たくさんある。
 
 しかし、その、ほとんどが、「書けないこと」である。(理由はいろいろある。個人情報のこともあるし、守秘義務として書けないこともあるし、勇気がなくて書けないこともあるし…)
 
 だから、一般的な表現が多くなる。
 
 そして、つまらなくなる。
 
 
 
 また、「わかりにくさ」も、ある。
 
 一文と一文の間の展開に飛躍が多い。
 
 近藤と同じような思考をする人にはわかるが、そうでない人には、甚だわかりにくい文章となる。
 
 そして、つまらなくなる。
 
 
 
 さらに、文章に「熱さ」が、ない。
 
 「ただ、書いているだけ」という駄文が多くなっている。
 
 「誰かに知ってほしい」「何かに感動した」「あることに憤っている」という、「熱い思い」が、ない。
 
 だから、つまらなくなる。
 
 
 
 壁である。
 
 プラトーである。
 (Plateau 英語。高原・大地を意味する言葉で、一時的な停滞状態のこと。何かを習得する際に進歩が一時的に止まって、横ばいの状態になること。停滞期)

 
 
 しかし、壁は、次の飛躍のためにあるものと信じて、書き続ける努力をしていきたい。
 
(今日のブログも、おもしろくない。壁である…)
 

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2007年12月 2日 (日)

心していきたいこと

 平成19年11月7日、中央教育審議会教育課程部会が「教育課程部会におけるこれまでの審議のまとめ」を公表した。

 
 
 「審議のまとめ」には、「『生きる力』という理念は変わらない」と書いてある。
 
 しかし、「学習指導要領」は、変わる。
 
 
 
 例えば、新しい「学習指導要領」(小学校)では、一週間に学習する時間数が、増える。
 
 これは、「生きる力」を子どもに育むための、改善である。
 
 時数を増やすことが、大切なのではない。
 
 「生きる力」を育むことが、大切なのである。
 
 これを見失うと、改善と思われたことが、改悪になる可能性だってありうる。
(例えば、時数を増やしたことで、子どもの負担が加重になり、子どもの学習意欲を低下させることだってありうる)
 
 
 
 直接子どもにかかわる「現場」では、とくに、心していきたいことである。

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2007年12月 1日 (土)

市球技大会に参加して

 
 横浜市小学校球技大会に、参加した。
 
 女子のバスケットボールの参加である。
 
 5,6年生の女子、13名が参加した。
 
 
 
 他校に出向き、他校とゲームをする体験は、参加した子どもたちにとって貴重な体験となるだろう。
 
 保護者も、大勢、応援にきた。
 
 
 
 この、大人も子どもも熱中する時間を共有できるということが、すばらしいのだ。
 
 学校の授業以外に、こういった行事がある必然性である。
 
 
 
 がんばった子どもたち、応援していただいた保護者、運営をしていただいた体育研究会の先生方、そして指導にあたった本校の先生方に感謝したい。
 
 
 
 とてもよい、土曜の一日だった。

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